東京高等裁判所 昭和51年(う)2614号 判決
被告人 森堯
〔抄 録〕
以上の本件覚せい剤の取引の経緯について認められる、五月二九日午前中における被告人らの言動を含む事実関係から考察すると、被告人は、五月二六日、桜井から覚せい剤の買受人を見付けるよう依頼された当初は、同人のため買受人を探してくるだけの仲介人的(幇助的)地位にあったのに過ぎなかったが、李が直接被告人の許に来て売却の斡旋を頼み、桜井との連絡ができないまま、買受人として吉田を選んだ段階からは、桜井からの依頼の趣旨を離れ、自ら直接取引に乗り出し、五月二八日横浜東急ホテルで吉田と取引の交渉をするため、被告人所有の自動車に李、崔を乗せ、同ホテルに向かう途中、李に指示して同人の携帯する本件覚せい剤の入った紙袋を後部荷台のキャリーバックに入れさせ、同ホテルに到着後は、覚せい剤をそのまま車内に置いてキーをかけて駐車場に保管するなどし、五月二九日には桜井を無視し、被告人が自らの責任で直接売買に関与することにし、そのうえ李が船の都合で帰国する場合には、被告人自身が本件覚せい剤を預かり、後日売却することとし、また李の要求により、とりあえず小遣いとして二〇万円を李に渡しておくことまで約したものであって、この段階では、被告人は、もはや桜井のための周旋者としての立場を離れ、李との関係でも単なる仲介の立場を越え、短時日のうちに買受人を探すことが不可能な李から、本件覚せい剤の取引について一切を委任されたものというべきであり(本件取引の実質的主体はむしろ被告人であったというべきである)、そのため前記のとおり、吉田から七〇〇万円しか準備できない旨の電話連絡を受けるや、李らに会い、桜井の指定した売却価額八五〇万円を七〇〇万円に値下げすることに応じ、李及び崔を連れて新宿の京王プラザホテルに行って取引することとし、本件覚せい剤を入れた紙袋を持った李及び崔とともに新宿駅で吉田と落合ったうえ取引場所の右京王プラザホテルに赴いたものであって、すなわち、被告人は、買受人吉田に対し、売人李との共同売却人としての立場で行動し、折衝したものとみるべきである。(李の売却金六〇〇万円と吉田の買受金七〇〇万円との差額一〇〇万円は、もはや単なる仲介料ではなく、転売利益といい得る性質のものである。また、吉田は、前記のとおり、被告人に対し「覚せい剤が良質のものでなければ損害を填補させる」旨申し向けて本件覚せい剤の品質の保証を求めているが((なお、吉田が、「ここではまずいから取引の部屋を取ってくる」と言って中座したのは―李及び崔の捜査官に対する供述にあらわれている―その品質等のテストのためであったと推認される。))、吉田が被告人に対し、かような申し入れをしたのも、被告人が本件覚せい剤の売主としての立場にあったからであるといい得るのである。)
右のような本件覚せい剤の取引における被告人の地位、役割等に徴すれば、被告人は李と共謀のうえ、営利の目的で右五月二九日午後二時三五分ころ、京王プラザホテル内で、本件覚せい剤を所持していたものと認めるのが相当である。
弁護人は、被告人は李の本件覚せい剤の売却について、買受人吉田との取引を仲介するため、右覚せい剤を携帯所持していた李に同行又は同席していたにすぎなかったものであると主張するが、その理由のないことは前示認定のとおりであり、所論はすべて採用できない。
以上のとおり、原判決には、事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤った違法があり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。検察官の論旨は理由がある。
(相澤 大前 油田)